2021/04/26
実績・事例
【鈴木ブログ vol.3】敗者復活戦

目次
順調な日々
ある方の実話です。
一部上場企業の本社移転の案件で3年前から、物件の選定をし、
家主との引合せも行い、企業担当者からも「絶対に御社の仲介で契約締結をする」との言葉を頂いていた。
仲介同業他社も同一の物件を紹介していたが、
「絶対に御社の仲介で・・」の言葉を信じて食事やゴルフ、銀座の夜も通った。
株主総会のすり抜け方、株主が全員収容できる会場の手配も手伝った。
順調に日々が過ぎて行った。
1本の電話
そろそろ契約の準備をしようとした時、1本の電話が鳴った。
契約するビルの家主から
「○○社は他の仲介業者で契約を締結する事になった。」との事。
嘘だろう!という文字が電流となって脳裏を走った。
直ぐに企業担当者へ電話をすると「申し訳ない、社内の方針なので・・・」
その言葉が走馬灯のように何度も心の中で繰り返した。
何かが足りなかった。
上り坂では前から手をさしのべ引上げ、時には後ろから背を押した。
平坦な道でもスクラムを組んで前進してきた。
悩み続けて得た結果は、「慢心」だった。
「御社の仲介で・・」の言葉を聞いてから、そこで自分は成約したと過信した。
猛省した。どうにもならないけど猛省した。その猛省は「情けなさ」を背負っていた。
しばらく何も手につかなかった。その姿に社内の同僚でさえ声をかけることが出来なかった。
しかし負けは負けたなりに、綺麗に後始末をしなければならない。
大きな仲介業務は参画できなかったが、
他に出来る事はないか?お手伝いできることはないか?悩んだ。どうにもならないけど悩んだ。
移転終了まで
その企業の移転はゴールデンウィーク9日間で行われた。
ブルージーンズにスニーカー、タオルを首に掛け、軍手をもって
誰に何を云うことなく什器・事務器の搬入作業を手伝った。
普段慣れない力仕事は手足と腰に痛みを伴った。痛みは無かったが心は折れた。
移転終了日の2日前、荷貨物用エレベーターから出た時、声を掛けられた。
「□□会社の◇◇さんじゃないか!昨日も一昨日もその前も、いつもスーツ姿しか見ていないから、
まさかと思っていたが、何をしているんだ?」
企業担当者の上席部長だった。
「仲介でお手伝い出来なかったので、せめて引越しのお手伝いをさせて頂こうと思いまして・・・。」
恥ずかしくて目を合わせることが出来なかった。情けなくて声が擦れた。
上席部長は、自分の分の仕出し弁当とお茶を「ありがとう」と言って私に手渡した。
涙がこぼれた。
逆転
ゴールデンウィーク明け、移転のお祝いの胡蝶蘭が、数えきれない程綺麗に並んでいた。
賃貸借契約を仲介した業者が仲介手数料の請求書を持参した。
「資料もらって、見に行って、申込みして、契約して仲介手数料X,XXX万円か。規則正しい仕事をしてくれた。」
と上席部長は皮肉った。
この言葉の意味を仲介した業者は知る由もない。
移転の最終日の2日前、搬入作業をして汗まみれになっていた後ろ姿を見逃さなかった上席部長は
「連休明けに来てほしい」と伝え、連休明けスーツ姿で上席部長を訪問した。
「実は、本体の移転に伴い、系列関連会社の移転先を本体と同じ仲介業者に頼んでいたが、御社に、いや、君に頼みたい。社内決裁も得てる。今からでもやってくれるかい?」
夢のような言葉に思わず太腿を抓ってみた。夢ではなかった。夢は正夢となった。
系列関連会社の移転先面積は延べ1,000坪を超えていた。
丁寧に親切に慎重に、お世話になった方々、
お世話をすべく方々の顔を思い浮かべながらそれらの契約を締結した。
その後
軌道に乗ると業務のスピードも加速する。
その時の気持ちは「驚き・桃の木・ファンキー・モンキー・ベイビー」だった。
誰よりも先に上席部長へ報告を申し伝えた。
それ以降その企業のオフィスのニーズは地方を含めて、全てその方に依頼が集中した。
策や方法ではない。
自身の慢心から申し訳なさと情けなさ。
何とか「力」になれなかったお詫びを形にしたい。その一念からの「知恵」である。
相手の心を揺さぶり動かす一念を燃やした。その方は昨年、静かに定年退職を迎えた。
記事の担当者
法人営業部 部長
鈴木 保 (Tamotsu Suzuki)
実務経験:約30年
得意分野:賃貸仲介(オフィス・店舗賃貸)、PM業務
≫プロフィール詳細