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実績・事例

2021/08/30

 

実績・事例

【鈴木ブログ vol.15】避難先で歌った「上を向いて歩こう」

一生のうち、何らかの接点を持つ人は3万人。
同じ学校や地域といった間柄が3000人。
会話を交わす相手は300人。
友人が30人。
親友は3人。
 
そんな話を知人から聞いた。

目次

世間は狭い、のか?

数字の真偽はともかく、関係が親密なほど、人数が減るのは分かる気がする。
それゆえか、以外な形で人間関係が繋がると「世間は狭いね」と人は言う。
 
一方で「昔ながらの(ほぼ昭和初期から中期)健気な庶民の心は広いね。」
と言った老夫婦がいる。

上を向いて歩こう

その一家は原発事故の影響で福島から福岡へ避難した。
「島」と「岡」一文字しか違いはないが、文化も違えば、方言も違う。
 
最初は「福島から越してきた」と言えず、近所付き合いもあまりなかった。
福島というだけで非難され、子供はいじめられるのではと心配で
近所付合いも程ほどに、ひっそり暮らそうと覚悟をしていた。
 
程なく地元の町会の集いに招かれ、聞かれた事だけ答ていた。
集いも終わるころ、突然80歳を超える町会長の提案でみんなで「上を向いて歩こう」を歌うことに。
涙で歌えない一家に代わって、集った全員が力強く歌った。
実は福島から故郷を捨て、辛い思いをしている家族に元気になってほしいと、
この日のために練習を重ねていたのだ。
その真心に家族は再起を誓った。
 
家族の長男は高校2年だった。
ジャージ姿での避難で学校の制服がない。
町内会の面々がかけずり回って調達したが、サイズがあまりに大き過ぎた。
それでも誇らしげに着て通学する彼の姿が、再起に拍車をかけた。
翌月の町会の集いで再び「上を向いて歩こう」を。
今度は、声高らかに歌う一家の姿に、胸を詰まらせた周囲の方が歌えなかった。
 
身分や貧富の差はあるかもしれない。
しかし相手を敬う心のものさしは皆同じであると思えてならない。

 

 

 

 

記事の担当者

 


 法人営業部 部長
 鈴木 保 (Tamotsu Suzuki)

 実務経験:約30年
 得意分野:賃貸仲介(オフィス・店舗賃貸)、PM業務
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